幼稚園入学

入園式当日。

俺は幼稚園に行くのが嫌で嫌で仕方がなかった。
俺はその頃、何とか戦隊ゴレンジャーみたいのなのが好きで、自分はゴレンジャーの一員であると頑なに信じてた。
入園式当日、親に向かって、
「どうしてゴレンジャーの俺が幼稚園なんか行かなくちゃいけないんだ。」
と繰り返し、繰り返し言っていたのを覚えている。

私は嫌なことがあると空想の世界に逃げる癖があります。その兆候はこの頃からありました。

初めてのバス通園。

この日は初めて幼稚園の送迎バスに乗ってひとりで通園する日だったのですが、私は「絶対行かない」と大泣きしたことを覚えています。
それこそ、玄関にしがみついては引き離され、電柱にしがみついては引き離され、とうとう送迎バスの入り口にしがみついて泣いていました。

私は泣き虫で甘えん坊でした。

友達の輪の中に入れない。

ジャングルジムで一緒に遊びたい、と思っても皆の輪に入っていく勇気がでなくて、遠くの方からジーっと眺めて誰かが声をかけてくれるのをずっと待っているような子供でした。

私の人見知りはこの頃から始まっています。

た だ一人の友人、O川 君

そんなひとりぼっちの私に声かけてくれたのはO川君です。音楽のクラスが始まる前、カスタネットの紐が切れて、困っている私の手を引いて先生にところに連れていってくれたり。 おしっこを我慢して、困っている私の代わりに手を上げてトイレに連れていってくれたのもO川君です。
私はO川君に全幅の信頼を置いており、金魚のフンのようにO川君の傍にくっついていました。

嫉妬を知る。

誕生会に誘われO川君の家に入ると、10人以上の友達がすでに来ていました。私はO川君を独り占めしたい、と思っていた悔しさから泣きだしてしまい、まわりが困惑していたのを覚えています。
後日、私の誕生会も開きましたが、来てくれたのはO川君と近所の子の2人でした。

O川君を失う。

私がO川君にあまりにもくっついているので、うっとおしくなったのでしょう。
O川君は、いつしかよそよそしくなり、私の傍から離れていきました。幼稚園ではその後、友達は誰も出来ませんでした。
後日談ですが、中学校の入学式で知らないオバサンから声をかけられました。「青猫くんでしょ?そうでしょう?」と何やらテンションのやたら高いオバサンでした。 そのオバサンの横にはハンサムな顔立ちした青年が。私はドキッとしましたね。O川くんのお母さんが「青猫くんだよ、覚えてでしょ?」 と聞いていましたが、彼は困った顔をしていたので、私の事は覚えていないのでしょう。
中学校に入ってからも彼の噂を何度か聞きましたが、運動も勉強も出来るようで、悪い噂は全く聞きませんでした。

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